常識とは勝手な個人の考え

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 どうもKATSUNです。

 今回は常識について考えてみようと思います。日々の生活の中で常識を押し付けられることはないでしょうか。自分はちょくちょくあります。

 結論としては常識は各人の考え方に強く依存しており、他者が何かを言って変更することはほとんど出来ないのでコミットする労力、時間は無駄です。このことについて自分の感じていることを記事にします。

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常識とは

 常識とは一般的に共通の認識と考えられる部分ですが、実際はその人の考え方に依存しており、各人でかなり乖離があると感じます。例えば

  • 迷惑を掛けないようにしましょう
  • 元気よく挨拶をしましょう
  • 仕事は頑張りましょう  etc

 上記ものは常識として認識されている方がほとんど(「俺は違うよ!」という人もいると思いますが。)かと思いますが、その程度については個人の考えに依存している常識だと思いませんか。

 自分では迷惑と思っていない、元気よくやったつもり、頑張っているんだけど。

 不平、不満のような気持ち、よく耳にしますし、日々自分も思います。ほんとストレスですよね。

押し付けないで欲しい

 ストレスはハンドリング出来ない事柄と以前の記事で書きましたが、この常識という考え方もハンドリング出来ないものに当たります。以前の記事はこちら↓↓↓

 「常識だよね!?」と押し付けられるとすごくストレスになります。加えて理解出来ないでいると怒り出す人もいるので本当にストレスでしかないです。

 常識は個人の考え方であり、個人の考え方を変えることは深い部分では出来ないということです。

 押し付けたり、理解させようとしても不可能であり、時間と労力が無駄なだけです。

サッカー選手じゃないのに

 会社の後輩が上手い例え話をしていたので、紹介します。彼はなかなか賢くて例えがドンピシャでよく笑わせられます。

 「ピッチに立ったらDNAレベルでボールをがむしゃらに追いかける理由が分からない。自分達は木陰で読書がしたいだけなのに。」

 営業という仕事をサッカーに例えて、彼がボソッと言ったひとことです。

 年輩の営業マンは反射的に、ボール(お客様)に猛アタックしていくけど、なぜそんなに行けるのかについて話をしている時に後輩から言われました。個人的にはすごく的を得た例えでした。笑 走らなくてもボールを取れる時はあるし、自分も木陰で読書しながら目の前に来たボールだけきっちりキャッチすれば良い派です。

 そのくらい自分の部署は営業に対する常識にジェネレーションギャップがあります。

聞くだけで良い

 常識は、例え身内であっても人それぞれの考え方だと認めることが重要だと思います。

 その上で自分、他者の考え方を変えることは出来ないという前提のもと、聞くだけで良いかと思っています。

 そんな考え方もあるんだね。という至ってシンプルな結論です。

 下手に常識という「共通認識だよね」のイメージが悪さをしているだけです。あなたはそう考えるのですね、自分は違う考え方です。これでオッケーです。

 あの人の言葉で考えが変わったとかたまに聞きますが、考えを変えようと意識することはあっても、他人の言葉が直接変化を生むことはないと思います。要は他人の言葉はきっかけでしかなくて、その後必ず自分が変更しようというトリガーを引いて、自分自身が変更しているということです。

 あと他者の考え方を聞き流すということが、「そんな考え方もあるのだね」と認めることにもなるので、尊重ということになるのではないかと思います。

他者の常識に縛られないようにしていく

 自分は自分の常識で良いと思います。縛られる必要もないし、縛る必要もない。

 性善説です。

 良いことは自ら吸収し、悪いことは聞き流して、日々アップグレードしながら、自分のベストな常識を見つけようと思います。

 それでは。

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